
こんにちは。
元美術教師のうさぎ先生です。
前回は、「清算」と「精算」を例に漢字の使い方について気になるところを一つの考え方として書きました。
今回は、もう一つの気になっているワードについて改めて調べてみることにしてみました。
ふう?風?
たとえば・・・
「こんなふうにやってね!」は、
ふう とひらがなだという認識
「キティちゃん風の色合いです!」は、
風 と漢字だという認識
なのです。
わたしは国語の先生ではないので詳しく何かを知っているわけではありませんが、自身が授業をするときや学級通信を作るときにはいろいろと気にした部分ではありまして・・・。
「ほとんど」「ようやく」なども、ひらがなで表記するようにしていました。
と言っても、中高生の頃は中二病だったので(笑
ついつい「殆ど」「漸く」などと漢字に出来る限りは漢字で表記していたのです。
教職についてからだったか・・・ある時に、「本に出てくる場合、ほとんどひらがなだ!」と気付いたのです。
でも、文法的に間違っているのか?というと、そこはよく分からない・・・と思っていたのです。
文字をひらく?
正解も間違いもないけれど
今回改めて調べてみたところ、こんな記事を見つけました。
文字をひらく、という言い方があるそうです。
この記事を読むと、「風」でも「ふう」でも問題はないけれど、読み手のことを考えると「ふう」のほうが読みやすい場合がある。ということでよさそうですね。
こちらの、別の記事でも・・・
複数の読み方が存在する漢字の場合にも当てはまることであり、どちらが正解だ間違いだと言えるわけではない。
でも、読みやすさを考えたときには、使い分ける必要があると言える。ということが書かれていました。
読みやすくするための工夫
今度はこの《文字をひらく》という言葉について調べてみると・・・文法の視点からとても詳しく解説されている、こんな記事に出会いました。
どうやらひらくルールが完全に決まっている、というものでもないようです。
記事全体・メディア全体での統一が雰囲気づくりには大切とのことで、文章のお仕事をしているかたにとってはクライアントごとに書き方を変えるなどの工夫や苦労があるようですね。
そして同一コンテンツ内でうっかり表記が変わってしまうことを《表記揺れ》と呼び、《表記揺れ》を防ぐ、のように使うそうです。
複数人のライターがいるサイトなどでは、表記揺れに注意が必要になりますね。
伝える側のセンサー
わたしの「ふう」と「風」の違和感は、ある意味では伝える側としてのセンサーが正しく働いたんだなぁ、と嬉しく思いました。
正直、この違和感に共感されないこともなかなかに多かったので・・・。使い分けが面倒だからでしょうか・・・。
教員時代にこの考え方を知ることができたら、もっとうまく周囲の先生と共有できたのかな?とも思いました(> x <)
おわりに・・・余談ですが
余談ですが・・・
「(笑)」が「w」になってやがて「草」へと笑うことの表現が、変化してきました。
文法的にはすべて誤りだとしても意味としては通じることがありますから、言葉として完全な誤りとは言えない気がします。
《文字をひらく》こととはまた別ですが、言葉って不思議で、面白いですね。
ただ、場の誤りとでも言うのでしょうか。
極端な例ですが、三者面談の案内や学級通信に「草」なんて、まぁ・・・まず書かないです。
でも、生徒とのメモのやりとりでなら「(笑)」ぐらいは使うことがあると思います。
そこはもちろん言うまでもなく、生徒との距離感に応じて使い分けが必要ですね♪
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