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教育現場における《表記揺れ》と《文字をひらく》への意識について、元教師が振り返る

学校における表記揺れと文字をひらくことに対する意識考察・気持ち

こんにちは。元美術教師のうさぎ先生です。

前回、文字をひらくことや表記揺れについていろいろと知ることができました。

そこでふと・・・思い出したことがあるのです。

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授業ではどこまで表記を揃える?

用語はもちろん揃える

生徒に配る授業プリントとスライドについては、そのプリントとスライドは合わせていました。
基本的に同時進行で作っていましたしね。これは自分の中での表記揺れ防止ですね。

しかし、わたしの元勤務校には美術のペーパーテストがなかったため、他の先生と完全に統一はしていませんでした。
といっても・・・表記に迷うような複雑な漢字はなかったし、《他の先生》がそもそも中学美術科にはあんまりいなかったんですけどね(^ x ^;)

社会科とか理科とか、ペーパーテストで用語をズバッとかかせるタイプの教科の場合は他の先生とも統一していた・・・というか使用している教科書に揃えていたのだと思います。

どこまで文字をひらく?

ただ、用語ではない部分、文字をひらくの考えに当たる部分については、先生ごとの個人差が出ていました。「ふう」と「風」などですね。

一部の教育大だと教員免許取得のための授業で、常用漢字以外は使わないようにという指導を受けるらしいので、文字をひらくことについても指導を受けるのでは?なんて想像しています。

ちなみに指導案についても、わたしの元勤務校ではわりとどんなスタイルでも特に問題ではありませんって感じでしたが、学校によってはかなりしっかりと体裁が決まっている場合があるそうです。

授業に関係ない部分ではどう?

結論としては、バラバラだったんです。
特に表記に関して決まったルールはなくて、これがわたしを苦しめることに・・・。

バラバラでもいいと感じるもの

たとえば部活のお知らせや学級通信のようなそれぞれ違うものが配られる前提であれば、よほど難解な漢字や誤読されやすい漢字を使わない限り(所謂と所詮とか)は、違和感はないと思います。

むしろ、その先生らしさを感じ取れる部分でもあるし、口語表現っぽかったり硬かったり、そこが生徒にとっての楽しみなんじゃないかな?という印象です。

バラバラだと気になるもの

わたしが気になっていたのは、受験生向けなどの「○○先生として」というよりは「○○学校として」の文書の場合です。
私学だったので、結構この手の文書が多く作成されていたんですよね。

1年間の中で何回か文書が手に渡るわけで、その中であまりに表記が揺れていたり、あまりに文体が違ったりするのは、○○学校として発信する以上なんとなく読み手には違和感が残るんじゃないかな?と思っていたのです。

たとえば、何人かの先生で分担して原稿を作ることもありました。
作品へのメッセージやアドバイスを書いたり、学校としての方針を書いたり・・・。
読み手からしたら統一されていた方がスッと入ってくると思うんですよね。
でも、文体がバラバラで・・・(> x <)
見開きリーフレットの中で項目によって同じ用語が表記揺れしてるとか・・・わたしはかなり気になるタイプでした。

作品へのアドバイスなんかは特に気になって、他の人への文体も見れる場合は「この人へのアドバイスは優しい文体なのにわたしへの文体はなんか硬い」とかって感じちゃうと思うんです。不必要に悲しませちゃうというか・・・

読み手がどう思うか?

うまく分かってもらえなくて・・・

あるとき、表記を統一しようと動きました。
しかし・・・「他の先生たちの文書を否定するのか」という反応をもらってしまったんですよね・・・

いやそんなこと言ってないし・・・って思ってしまいましたけど、学校としての文書だから統一しようっていう考え方が、その先生にとってはあまり価値がないものに思えたようです。

わたしが生意気に
映ったのかも
しれませんけどね・・・

わたしにもっと違う言い方ができていれば、知識があって、表記揺れとして説得することができていれば・・・また変わっていたかもしれませんが・・・。

学校としてのガイドラインはなかった

なにより、学校として外部向け文書のガイドラインはありませんでした。

今思えば・・・ここに何かルールやチェック機能があればこんなことは起きなかったように思います。
きっと他の教科や部活でも同様のことが少なからず起こっていたんだろうなぁ・・・と想像してしまいます。

「お姉ちゃんのクラスと、三者面談の用紙の仕様が違いすぎて見づらい」なんて声が保護者さんから上がったこともありました。
面談可能な日程が先生によって異なるのである程度は仕方なかったりするのですが、ここで学校全体として表記揺れ対策をして学校としてのブランディングじゃないけれど・・・。
人事異動が少ない私学のよさを生かす感じで動いてほしかったなぁって今になっても改めて思います。
よく、私学は学校であり企業と言いますしね。

他の私立学校では
どうしてるんだろう?って
気になる部分でもありました。

思春期相手なので・・・

もちろん何も気にならない読み手だっているとは思うのですが・・・読み手には幅があるわけです。
しかも思春期や、思春期の子を持つ保護者。
気持ちの浮き沈みも大きいです。

その読み手を想定したときに、「幅広い読み手がどう思うか?」という視点を失ってしまうことはわたしにとっては大きな違和感でした。

もっと磨けたと思う

元勤務校は中高一貫校でしたが、わたしは主に中学生を担当していました。
高校生ならある程度相手が汲んでくれることでも中学生相手だとそうもいかないので、とても気を使ってある種の演出をしていました。

■誤解を与えないようにする演出
■納得してもらいやすくする演出
■最後まで読んでもらいやすくする演出

これは漢字の使い分けもそうですし、プリントの分け方もそうですし・・・。
美術は情操教育だということもあり、スッと飲み込んでもらうための工夫には人一倍気を使っていたんです。

こういうところも含めて、美術に限らずですが受け手・読み手を想像して伝えることについてもっと先生同士で意見を交わして切磋琢磨できたらよかったのだと思うのですが、残念ながらわたしの環境では難しかったです。

いろいろあったなぁ・・・

そしていろいろ悩んで・・・
結果、先生をやめてしまいました。

おわりに

学校を離れてそろそろ半年が経ちます。
生徒は今も、夢に出てきますが・・・
今の様子は見えませんから、やっぱり気になってしまいますね。

まだまだCOVID-19の影響もあり、元同僚とちょっと食事に・・・なんてことも叶わず。
もっとも、個人情報の観点もあるので、会えたら会えたでなんか難しい気もするし・・・。

そんな2020年の9月です。

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